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はえおとこ

蠅男

海野 十三

「講談雑誌」1937(昭和12)年1月号~10月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 118,129 字 · 237 页

青空文庫

「フーム、どうも可笑しいことだ」

帆村は強く首をふった。

誰にも見られないでこのホテルに忍びこむということができるだろうか。裏口や非常梯子のことを聞いてみたが、そこからも誰にも見とがめられないで入ることは出来ないことが分った。すると糸子は、煙のように入って来たことになる。そんな莫迦莫迦しいことがあってたまるものではない。

そこで帆村は窮余の策として、宿帳を見せて貰った。目下の逗留客は、全部で十組であった。男が十三人に、女が六人だった。

次に彼は逗留客がホテルに入った時間を調べていった。

その中に彼は一人の男の客に注意力を移したのだった。

「井上一夫。三十三歳」

と、たどたどしい筆蹟で書いてある一人の男があった。住所は南洋パラオ島常盤街十一番地と別な筆蹟で書いてある。帆村が怪しんだのは、彼の井上氏が南洋から来たということではなかった。それはこの井上氏が本日の午後三時半に到着したというその時刻にあったのである。午後にホテルに入ったのはこの井上氏だけであった。

午後三時半といえば、彼が蠅男に三輪車を奪われてのちトボトボと有馬の町の駐在所へ転げこんだその時刻なのであった。