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うらぎり
裏切り
「新潮 第五一巻第九号」1954(昭和29)年9月1日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 35,343 字 · 70 页
この人がまた意地ッぱりで、とうとうここに働くことになったばかりでなく、まる二年ここに落着いてるんですから、まったく妙な話です。トオサンはカンバンになってイヤな客が小夜子サンを送って出そうな気配があると、ぼくに目配せして、
「小夜子サンを送ってあげな。ねえ、小夜子サン。今夜は龍ちゃんに送らせて下さい」
こう云ったものです。万一のことがないようにと気をつかってのことです。イヤな客にはハッキリと、
「今夜は龍ちゃんが小夜子サンを送りますから、あなたはひきとって下さい」
などとズケズケ云いました。そういうところは小気味のいいトオサンでしたが、自分の胸の思いをうちあけるには全然勇気がなかったのです。むろんトオサンには奥サンもあるし子供もありますが、小夜子サンにも御亭主があったのです。物理学者で、書斎の虫だったのです。仲は冷いようでした。
八千代サンも可愛い娘でしたが、小夜子サンが万人その美を認めざるを得ないていの麗人ですから、自然ひそかに嫉妬せずにいられなかったのでしょう。
その小夜子サンが二世のセラダと熱海で心中して、二人とも死に損いました。日野と八千代サンの一件というのもその時にあったことです。