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はだかぎ
裸木
豊島 与志雄
「新潮」1926(大正15)年9月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 16,049 字 · 33 页
すると、何気なくその室にはいって、びっくりする。今迄箪笥のあった場所だけが、全く空虚になっている。空虚は、他の何物でも満されない。今迄あった箪笥をもって来なくっちゃあ、到底満されるものじゃない。……分るだろう。」
「うむ……。」
「それと同じことなんだ。妻が死んでから、僕は、生活が不自由だとか、いろんな思い出の品があるとか、そんなことにはもう平気でいられる。けれど、妻の姿だけのものが……物質的な立体的な……妻の肉体そっくりなものが、僕の周囲で空虚になっているのだ。……空虚と一口に云うが、空虚だって一つの形を取ることがある。妻の姿通りの空虚が、家の中にそこらに動き廻ってる。どんなものを持ってきてもふさげられない……それそっくりのもの、妻の肉体をもってこなくちゃふさげられない、そういった空虚が、家の中にふわりと浮んで動き廻ってるんだ。」
「…………」佐野は答えにつまった。
「僕は、昔の幽霊なんてものは、結局そういう空虚を指すんだと思う。幽霊を何か実体があるように考えるのは間違ってる。それはただ、一定の形を具えた空虚じゃないかね。生きてた当の人間の肉体そのものでしかふさげられない空虚だ。