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にしおぎずいひつ

西荻随筆

坂口 安吾

「文学界 第一巻第一号」1949(昭和24)年3月1日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 3,343 字 · 7 页

青空文庫

灯ともし頃もすぎ、パンパンの数も少くなり、いつまで待っても仕方がないから、一人で、でかけた。

西荻窪で降りる。マーケットを歩き廻ったが、この迷宮には日蝕パレスは見当らない。人にきいたら、分った。表通りの、焼け残りの堂々たる店であった。今は一階が喫茶室になってるだけだが、地下室も二階もあり、女給一同が揃っていた頃は、百人ぐらい居たろうと思われる大殿堂であった。西荻などと馬鹿にしてはいけない。アンゴ氏ほどの大人物が現れる以上、文士族は足がすくんで、とても階段をふむことができないような大殿堂が存在するにきまっているのである。

大きな奥深い店に客の姿がなく、バーテンと女給が一人いるだけであるが、どこに伏勢があるとも分らぬ昨今の状勢であるから、敬々しく一礼して、こちらへ坂口アンゴ氏が参りますそうで、とたずねる。えゝ、えゝ、よく、いらッしゃいます、と女給がはずむように景気よく答えた。

実は、私が、坂口安吾そのものズバリでありまして、と、声がふるえた。まったく恐縮するのは、こっちの方で、西荻のアンゴ氏は、僕と違って、威風堂々地を払っているに相違ない。このニセモノめ、と襟首つかまえられゝば、もうホンモノはダメなのである。