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しんらんのすいみゃく
親鸞の水脈
吉川 英治
「大法輪 十月号 二十五周年記念特別号」1959(昭和34)年
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 3,786 字 · 8 页
本誌(大法輪)の二十五年に因んで、僕の二十五歳頃を語れと仰っしゃるんですか。さあ今の青年とちがって、僕らのその時代は無我夢中でしたな。合理主義、利己主義、そんな風を卑しむ風潮の中で、いわゆる青年の客気満々でしたよ。無一物で東京に出てきて、苦学しながらも、夢だけは、いつも失っていないんです。だから素寒貧でいながらも、気宇だけはまあ今のリアルな青年よりは豊かだった。そしてどうやらささやかな家を一軒持って、両親と一緒に暮せるようになったのが二十五歳前後でした。まだ新聞社にもつとめておりませんでした。職業も転々と更えていました。そのころ呟いた自分の句に「この先を考えている豆の蔓」というのがあります。その豆の蔓みたいな自分でした。
二十七歳のとき父を亡くしましたが、その父すら亡くなる一週間ほど前に、「英治はどうして食べてゆかれるのか」というような意味のことを母に言っていたそうです。なんとも慚愧の念にたえません。
やがて「東京毎夕新聞」の学芸部に入ったのが三十歳頃でしたが、その時分、ちょうど倉田百三氏の「出家とその弟子」だとか、その他親鸞に対する一般認識が非常に高まっておりました。