轻松读懂日语经典作品
ja-reading.com
轻松读懂日语,轻松阅读日语。在线阅读日语经典作品。支持在阅读过程中显示假名、查询生词、翻译句子。
しんらんのすいみゃく
親鸞の水脈
吉川 英治
「大法輪 十月号 二十五周年記念特別号」1959(昭和34)年
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 3,786 字 · 8 页
いわば一大事業です、それこそ仏教でいう菩薩行でありかつ文学でなければなりますまい。老来、いよいよ手が出ないというのはそんなわけからです。
前に「親鸞」を社命で書いたのを不用意な偶然のように申しましたが、しかし僕の育った家庭は代々真宗でした。ですから僕も小さいときから朝夕の仏前にはそれにそっと額ずく両親の姿とか、折々に来る蓮光寺の住職の法話などには多少触れており、環境的にはそこはかとなく法然や親鸞の影向を自然に少年時から受けていたとおもっています。
社会環境もですが、宗教のばあいは、特に家庭環境が大きな後の培いを作すものではありますまいか。僕らの幼少年時代、つまり明治末のころから大正にかけては、神棚も仏壇も家族の中に融け合っていた姿なのです。だから何かおいしいものと思えば、たとえば、はしりのトウナスや枝豆が出はじめてもすぐそれを仏壇に上げたものです。だから仏壇を見ると、トウナスがのっておったり、キュウリが供えてあったりしていました。そうしておじいさんはトウナスがお好きだったんだよという話をするのです。また神棚といえば必らず榊を上げておいたものです。