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にせもの
贋物
葛西 善蔵
「早稲田文学」1917(大正6)年2月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 21,476 字 · 43 页
四
――細君は自儘には出てこれぬような状態になっていた。で、「右の頬を打たれたら左の頬も向けよう」彼はしきりにこうした気持を煽りたてて出かけて行ったのだが、舅には、今さら彼を眼前に引据えて罵倒する張合も出ないのであった。軽蔑と冷嘲の微笑を浮べて黙って彼の新生活の計画というものを聴いていたが、結局、「それでは仕度をさせて一両日中に遣ることにしましょう」と言うほかなかった。今度だけは娘の意志に任せるほかあるまいと諦めていたのだ。
四
「俺の避難所はプアだけれど安全なものだ。俺も今こそかの芸術の仮面家どもを千里の遠くに唾棄して、安んじて生命の尊く、人類の運命の大きくして悲しきを想うことができる……」
寝間の粗壁を切抜いて形ばかりの明り取りをつけ、藁と薄縁を敷いたうす暗い書斎に、彼は金城鉄壁の思いかで、籠っていた。で得意になって、こういったような文句の手紙を、東京の友人たちへ出したりした。彼ら五人の親子は、五月の初旬にG村へ引移ったのであった。
彼は、たちまちこのあばらやの新生活に有頂天だったのである。そしてしきりに生命とか、人類の運命とか、神とか愛とかいうことを考えようとした。