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うんめいのままに

運命のままに

豊島 与志雄

「黒潮 第壹卷第貳号」太陽通信社、1916(大正5)年12月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 28,406 字 · 57 页

青空文庫

その時私は直接に自分の心の調べにのみ沈潜してゆくことが出来た。そして私は飲酒を自分の信念を強める糧として自ら肯定していた。

私の下宿の近くに「おきな」という小さい料理屋があった。風流料理としてその道の人に多少知られている家であった。そして私が行くと、いつも給仕をしてくれたのはお島であった。然しそう度々行ったのではない。五六度だと自分で覚えている。

お島は大柄な女であった。そしてポリシーの無い卒直な心をまだ持っていた。彼女のうちには極めて漠たるロマンチックなものが在った。そしてそれが彼女の頑丈な体格や、眼の動かない愛嬌のない顔などを、和らげていた。黙って自分の心に沈潜しながら酒を飲んでいても、少しの気づまりも私は感じなかった。私は彼女の前に安らかな親しみをさえ感じた。存在の淡い女だと私は思った。

父親の死から引続いて母親をも失い、財産も人手に渡ってしまったので、その頃通っていた新潟の女学校を三年で止してしまって、彼女は弟を国に残したまま叔母を頼って東京に出て来た、と云うようなことを私に話した。然し叔母は余りによくない人で、彼女に不正な商売をすすめて止まないので、つらい思いをしながら一年ばかりその家に厄介になっていたが、遂に思い切ってさるお屋敷に奉公に出た。