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きんば

金歯

小川 未明

「文芸」1935(昭和10)年3月

N3 · 进阶 · 新字新假名 · 7,108 字 · 14 页

青空文庫

これを見て思い出したが、お父さんが、夜おそく帰ってらしって、歯医者の家の前をお通りになると、往来に面した窓に、あかりがついていて、コツ、コツと金づちをつかっている、小さな音がきこえたので、おまえの歯は、明日はいるそうだが、いま造っているのが、それだなと、音を聞きながら、歩いてきたとおっしゃったのを覚えている。ちょうど秋の末のことで、翌朝、歯医者へいくとき、寺の前を通って、黄色な、いちょうの落ち葉がたくさん敷石の上にたまっているのを見ました。」

さき子と令二は、母の話よりは、金歯のほうに多く気を取られていたらしかったのです。

「なるほど、重みがありますね、これは、一匁以下ということはありません。」

「いくらになるでしょう。」と、さき子もこれを掌の上に載せて、心のうちで重さをはかりながら、そんなことを思っていたが、また、これが、ある時代のお母さんの歯であったかと、おのずと涙が目の中にわいてきました。

「お母さん、これをお売りになったら、いいげたをお買いなさるといいわ。」

「いいえ、私は、いま、べつになにも欲しくないけれど。」

「お母さん、新聞に出ている相場は、純金をばいうのでしょう、それでなくとも、持っていけば、きっと安いことをいいますよ。