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くぎぬきとうきちとりものおぼえがき

釘抜藤吉捕物覚書

林 不忘

12 悲願百両

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 14,957 字 · 31 页

青空文庫

雑草が、土のにおいに噎せんで、春のあし音は、江戸のどこにでもあった。

そんな日だった。

前夜の、理由のない恐怖と妖異感は、陽光が溶かし去っていた。階下の茶箪笥の上の竜手様は、金いろの朝日のなかで、むしろ滑稽に見えた。

手垢と埃塵によごれて、小さく固まっている竜の手――忘れられて、馬鹿ばかしく、ごろっと転がっていた。

朝飯の食卓だった。

庄太郎は、この一つ目からすぐ傍の、弥勒寺まえ、五間堀の逸見若狭守様のお上屋敷へ、屋根の葺きかえに雇われていて、きょうは、仕上げの日だ。急ぐので、中腰に、飯をかっこんでいた。

おこうが、味噌汁をよそいながら、

「つぎの仕事は、もう当りがおつきかえ。」

「親方のほうに、話して来ているようだ。」

惣平次も、口いっぱいの飯の中から、

「庄公はまだ、瓦職とは言っても、下から瓦を運ぶ組だろう。なかなか屋根へは上げてくれめえ。もっとも、高えところへ上って、瓦を置くようになりゃあ一人前だが――。」

「冗談いっちゃあいけねえ。今度の仕事から、どんどん上へあがって、瓦を並べていらあ。おらあ何だとよ、手筋がいいとよ。親方が、そ言ってた。」

「そうか。