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いんじゅう
陰獣
江戸川 乱歩
「新青年」博文館、1928(昭和3)年8月増刊~10月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 66,968 字 · 131 页
寒い時分で、私は仕事机の傍に紫檀の長火鉢を置いていたが、彼女はその向側に行儀よく坐って、両手の指を火鉢の縁へかけている。その指は彼女の全身を象徴するかの様に、しなやかで、細くて、弱々しくて、と云っても決して痩せているのではなく、色は青白いけれど、決して不健康なのではなく、握りしめたならば、消えてしまい相に弱々しいけれど、しかも非常に微妙な弾力を持っている。指ばかりではなく、彼女全体が丁度そんな感じであった。
彼女の思込んだ様子を見ると、私もつい真剣になって、「私に出来ることなら」と答えると、彼女は「本当に気味の悪いことでございますの」と前置きして、彼女の幼年時代からの身の上話を混ぜて、次の様な異様な事実を私に告げたのである。
その時静子の語った、彼女の身の上をごく簡単に記すと、彼女の郷里は静岡であったが、そこで彼女は女学校を卒業するという間際まで、至極幸福に育った。たった一つの不幸とも云えるのは、彼女が女学校の四年生の時、平田一郎という青年の巧みな誘惑に陥って、ほんの少しの間彼と恋仲になったことであった。なぜそれが不幸かと云うに、彼女は十八の娘の一寸した出来心から恋の真似事をして見た丈けで、決して真から相手の平田青年を好いていなかったからだ。