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いんじゅう

陰獣

江戸川 乱歩

「新青年」博文館、1928(昭和3)年8月増刊~10月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 66,968 字 · 131 页

青空文庫

「あとにはあとだけれど、その間の時間が問題なんだよ。つまり釦は小山田さんが天井裏へ上った時、その場でとれたんでなければ、変だからね。正確に云えば成る程あとだけれど、とれると同時に天井裏へ落ちて、そのままそこに残されていたのだからね。それがとれてから、落ちるまでの間に一月以上もかかるなんて、物理学の法則では説明出来ないじゃないか」

「そうね」彼女は少し青ざめて、まだ考え込んでいた。

「とれた釦が、小山田さんの服のポケットにでも入っていて、それが一月のちに偶然天井裏へ落ちたとすれば、説明がつかぬことはないけれど、それにしても、小山田さんは去年の十一月に着ていた服で、春を越したのかい」

「いいえ。あの人おしゃれさんだから、年末には、ずっと厚手の温かい服に替えていましたわ」

「それごらんなさい。だから、変でしょう」

「じゃあ」と彼女は息を引いて「やっぱり、平田が……」と云いかけて、口をつぐんだ。

「そうだよ。この事件には、大江春泥の体臭が余り強過ぎるんだよ。で、僕はこの間の意見書をまるで訂正しなければならなくなった」

私はそれから前章に記した通り、この事件が大江春泥の傑作集の如きものであること、証拠の揃いすぎていたこと、偽筆が余りにも真に迫っていたことなどを、彼女の為に簡単に説明した。