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いんじゅう

陰獣

江戸川 乱歩

「新青年」博文館、1928(昭和3)年8月増刊~10月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 66,968 字 · 131 页

青空文庫

事件が終ってから、大分月日がたったので、ある恐ろしい疑惑は未だに解けないけれど、私は生々しい現実を遠ざかって、いくらか回顧的になっている。それでこんな記録めいたものも書いて見る気になったのだが、そして、これを小説にしたら、仲々面白い小説になるだろうと思うのだが、併し私は終りまで書くことは書いたとしても、直ちに発表する勇気はない。何故と云って、この記録の重要な部分を為す所の小山田氏変死事件は、まだまだ世人の記憶に残っているのだから、どんなに変名を用い、潤色を加えて見た所で、誰も単なる空想小説とは受取ってくれないだろう。随って、広い世間にはこの小説によって迷惑を受ける人もないとは限らないし、又私自身それが分っては恥しくもあり不快でもある。というよりは、本当を云うと私は恐ろしいのだ。事件そのものが、白昼の夢の様に、正体の掴めぬ、変に不気味な事柄であったばかりでなく、それについて私の描いた妄想が、自分でも不快を感じる様な恐ろしいものであったからだ。私は今でも、それを考えると、青空が夕立雲で一杯になって、耳の底でドロンドロンと太鼓の音みたいなものが鳴り出す。