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いんじゅう

陰獣

江戸川 乱歩

「新青年」博文館、1928(昭和3)年8月増刊~10月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 66,968 字 · 131 页

青空文庫

涙はあとからあとからと、ふくれ上って来ては、止めどもなく流れるのだ。

「僕はあなたに、何と云ってお詫びをしていいか分らない。全く僕の油断からです。あいつにこんな実行力があろうとは、本当に思いがけなかった。僕が悪いのです。僕が悪いのです……」

私もつい感傷的になって、泣き沈む静子の手をとると、力づける様に、それを握りしめながら、繰り返し繰り返し詫言をした。(私が静子の肉体にふれたのは、あの時が初めてだった。そんな際ではあったけれど、私はあの青白く弱々しい癖に、芯の方で火でも燃えているのではないかと思われる、熱っぽく弾力のある彼女の手先の、不思議な感触をはっきりと意識し、いつまでもそれを覚えていた)

「それで、あなたはあの脅迫状のことを、警察でおっしゃいましたか」

やっとしてから、私は静子の泣き止むのを待って云った。

「いいえ、私どうしていいか分らなかったものですから」

「まだ云わなかったのですね」

「ええ、先生に御相談しようと思って」

あとから考えると変だけれど、私はその時もまだ静子の手を握っていた。静子もそれを握らせたまま、私にすがる様にして立っていた。

「あなたも無論、あの男の仕業だと思っているのでしょう」