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いんじゅう
陰獣
江戸川 乱歩
「新青年」博文館、1928(昭和3)年8月増刊~10月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 66,968 字 · 131 页
「君、この手袋の釦のとれた時を覚えているかね」
「それは初めからとれていたんです」運転手は妙な顔をして答えた。「貰いものなんでね、釦がとれて使えなくなったので、まだ新しかったけれど、なくなった小山田の旦那が私に下すったのです」
「小山田さんが?」私はギョクンと驚いて、慌だしく聞返した。「今僕の出て来た小山田さんかね」
「エエ、そうです。あの旦那が生きている時分には、会社への送り迎いは、大抵私がやっていたんで、御ひいきになったもんですよ」
「それ、いつからはめているの?」
「もらったのは寒い時分だったけれど、上等の手袋で勿体ないので、大事にしていたんですが、古いのが破けてしまって、今日初めて運転用におろしたのです。これをはめていないとハンドルが辷るもんですからね。どうしてそんなことを御聞きなさるんです」
「いや、一寸訳があるんだ。君、それを僕に譲って呉れないだろうか」
という様な訳で、結局私はその手袋を、相当の代価で譲受けたのであるが、部屋に入って、例の天井裏で拾った金物を出して、比べて見ると、やっぱり寸分も違わなかったし、その金物は手袋のホックの坐金にもピッタリとはまったのである。