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いんじゅう
陰獣
江戸川 乱歩
「新青年」博文館、1928(昭和3)年8月増刊~10月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 66,968 字 · 131 页
若し私がこの実例を思出さなかったら、私はあの様な突飛な考えを起さなかったかも知れません。併し多くの場合、事実は小説家の空想以上なのです。そして、甚だあり相もない頓狂な事が、実際には易々と行われているのです。と云っても私は何も六郎氏がスクリュウに傷つけられたと考えるものではありません。この場合は右の実例とは少々違って、死体は全く水を呑んでいなかったのですし、それに夜中の一時頃、隅田川を汽船が通ることは滅多にないのですから。
では、六郎氏の背中の肺部に達する程もひどい突傷は何によって生じたか、あんなにも刃物と似た傷をつけ得るものは一体何であったか。それは外でもない、小山田家のコンクリート塀の上部に植えつけてあった、ビール壜の破片なのです。それは表門の方も同様に植えつけてありますから、あなたも多分御覧なすったことがありましょう。あの盗賊よけのガラス片は所々に飛んでもない大きな奴がありますから、場合に依っては、充分肺部に達する程の突傷を拵えることが出来ます。六郎氏は軒蛇腹から転落した勢いで、それにぶっつかったのです。ひどい傷を受けたのも無理はありません。尚この解釈によれば、あの致命傷の周囲の沢山の浅い突傷の説明もつく訳であります。