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いんじゅう

陰獣

江戸川 乱歩

「新青年」博文館、1928(昭和3)年8月増刊~10月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 66,968 字 · 131 页

青空文庫

恐らくは長い間の六郎氏の残虐が、とうとう彼女にその病癖をうつし、彼女は被虐色情者の、耐え難い慾望にさいなまれる身となり果てていたのである。そして、私も亦、若し彼女との逢う瀬がこのまま半年も続いたなら、きっと六郎氏と同じ病にとりつかれてしまったに相違ない。なぜと云って、彼女の願いをしりぞけかねて、私がその鞭を彼女のなよやかな肉体に加えた時、その青白い皮膚の表面に、俄かにふくれ上って来る、毒々しい蚯蚓脹れを見た時、ゾッとしたことには、私はある不可思議な愉悦をさえ覚えたからである。

併し、私はこの様な男女の情事を描写する為に、この記録を書き始めたのではなかった。それらは、他日私がこの事件を小説に仕組む折、もっと詳しく書き記すこととして、ここには、その情事生活の間に、私が静子から聞き得た、一つの事実を書添えて置くに止めよう。それは例の六郎氏の鬘のことであったが、あれは正しく六郎氏が態々註文して拵えさせたもので、そうしたことには極端に神経質であった彼は、静子との寝室の遊戯の際、絵にならぬ彼の禿頭を隠す為、静子が笑って止めたにも拘らず、子供の様に真剣になって、それを註文しに行ったとのことであった。