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きりのばんしゃ

霧の蕃社

中村 地平

「文学界」1939(昭和14)年12月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 28,389 字 · 57 页

青空文庫

それにテワスが近藤巡査の妻になれば、自分自身も大人の兄になれる。そういう誘惑にも心がひかれる。モーナルーダオは煩悶した。

しかし、間もなくモーナは、

「妹の有頂天な気もちを傷つけるに忍びない」

という自分自身への云いわけで、結局妹の結婚を承諾してしまった。

モーナの気苦労が強かったにも拘らず、結婚はすべて調子よく運んだ。新夫の巡査という地位と、新婦の兄の頭目という勢力によって、二人の結婚に対して不平を洩す者も社内にはいなかった。

テワスは体がしびれる位嬉しかった。もはや、跣足のまま竹の床にごろ寝する必要もなければ、手づかみで芋を食べる習慣もやめていいのである。官舎の畳の上に住み、食卓の前に坐って「白米」を食べるのである。夜のランプは兄の家の炬火に較べると、なんと明るく溢れるように、胸のなかを照すことであろう。

麻の着物も、まっ赤な脚絆もぬぎすて、テワスは内地風の浴衣を着ていた。無器用な手つきで炊事もしたし、お針仕事も覚えようと懸命になっていた。心をこめて内地人になりきろうとしていたし、命をかけて夫近藤を愛していた。それは仕合わせな思いであった。

近藤巡査もまた新しい生活に決して不満ではなかった。