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きりのばんしゃ

霧の蕃社

中村 地平

「文学界」1939(昭和14)年12月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 28,389 字 · 57 页

青空文庫

花蓮港の町に降りると、二人はクロトンの樹がふかぶかとした影で覆っている小さな官舎のなかに入った。

港からは毎朝決って耳をつんざくような汽笛の音が聞えてくる。町の通りにはピカピカした金具でできた人力車が走っている。呉服屋の店さきには見たこともない美しい内地着物がビラビラ飾ってある。テワスには珍しい、びっくりするようなものばかりである。近藤巡査にとっても――毎日固いコチコチした新しい魚が食える。世の中にはこんなにたくさん人間がいたのか、とびっくりする位町には人が歩いている。勤務先もこんどは堂々たるコンクリートだちの警察本署である。二人にとっては新鮮な、山のそれとは全くちがった、感動的な生活が始まったのである。

しかし、間もなくこれを転機として近藤巡査には苦悩の人生が始まった。

勤め先から帰っても、浮かぬ顔をしている時が多い。冷たい瞳孔のぼやけた視線で、じっと妻の横顔を眺めている。たまらなそうに意味のない吐息を洩らす。人に語ることもできない憂鬱を心の底に抱きかかえていることが、ありありとその顔には現れているのであった。

山とはちがってその町には内地人がたくさん住んでいる。