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きりのばんしゃ
霧の蕃社
中村 地平
「文学界」1939(昭和14)年12月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 28,389 字 · 57 页
一郎は台中の師範学校を卒業している。しかし、蕃人である、という理由で、訓導の資格は与えられず、巡査の名目で教鞭をとらされている。そのことで彼は懊悩していた。その過去と、彼が頭脳と、勇武とに卓れている事実とから、彼を措いてはこの組織的な行動の統率者たり得る人物は無い、と人々は断じたのである。事件直後、彼が行方不明になった時、台湾はもとより内地の諸新聞は彼を敵方の英雄として憎んだ。国体と相容れない、ある種の思想を抱懐していた、という臆説さえ一部には流布され、信じられていた位である。
職務を離れ、任意の行動をとった、という理由で巡査の職は既に一方的に免じられてもいた。
しかし、そういう噂はすべて甚だしく見当ちがいであった。彼は自分に血液の同じい種族への同族的な愛情と、恩愛のある内地人への義理と、二つのものの板ばさみになって苦慮していたのである、
事件の前の日、計画をモーナルーダオにうちあけられた時、彼は必死になってとめた。しかし、それは容れられるところではなかった。しかも、計画を上司に密告することは、蕃人としての立ち場が許されない。蕃人と、内地人と、何れの側にもたつことのできない苦悩をいだいたまま、運動会の前夜、彼は学芸会に臨み、オルガンを弾いたのであった。