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きりのばんしゃ

霧の蕃社

中村 地平

「文学界」1939(昭和14)年12月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 28,389 字 · 57 页

青空文庫

五六人の内地人が蕃人の槍先の犠牲となったのである。

「非常警戒、非常警戒」

佐塚警部は抜剣しながら、血走った声で叫んだ。

純白なランニングシャツ一枚になった内地人の子供たちが、恐怖に充ちた叫び声をあげながら、右往左往するなかを、その父や母たちは気ちがいのように、子供たちの名を呼んで求める。場内に集っていた蕃童たちは、もうその時はただの一人もそこには姿を見せていない。蕃人たちが桜台を駈け降りると同時に、その母や姉やが一人一人どこか安全な場所へ連れ去ったものにちがいなかった。

蕃人巡査花岡一郎は始め巡査の制服を着て司会者側に参列していたが、いつの間にか制服はぬぎすて、陣羽織に似た麻の蕃布を身にまとっていた。彼が蕃装することはめったにないことである。前もって同族の不穏な計画を知っていたものにちがいなかった。しかし、花岡は血の出るような声をふりしぼって、同族たちの兇行をおしとめようとしていた。

「夕方までまて! 夕方までまて!」

それはなにか目算があってのことか、あるいはまた単に衝動的にか、わからないが、恐らく彼自身にとっても言葉の意味は無かったであろう。

しかし、血を見て既に野性が生き返っている蕃人たちの耳に、そのしゃがれた、悲鳴にも似た叫びが入ってくる筈は無かった。