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あごじゅうろうとりものちょう

顎十郎捕物帳

久生 十蘭

08 氷献上

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 17,674 字 · 36 页

青空文庫

賜氷の節

「これ、押すな、押すな。……押すな、と申すに」

「どうか、お氷を……」

「あなただけが貰いたいのじゃない、みな、こうして待っている」

「……ほんの、ひとかけでも……」

「いま、順にくださる、お待ちなさい……」

「じつは……」

「おい、お武家さん、おれたちは、こうして炎天に照らされながら二刻も前から待っているんです。……つい、いま来て、先にせしめようというなあ、すこしばかり虫がいいでしょう」

「……まことに、申訳けないが、じつは……」

本郷、向ガ岡。

加賀さまの赤門で名代の前田加賀守の御守殿屋敷。

本郷から下谷の根津わきまで跨って、屋敷の地内が十六万坪。

竹逕の涼雨、怪巌の紅楓、蟠松の晴雪……育徳園八景といって、泉石林木の布置、幽邃をきわめる名園がある。

北どなり、水戸さまの中屋敷にむいた弥生町がわの通用門から、てんでに丼や土瓶を持った老若男女があふれだし、四列ならびになってずっと根津権現のほうまで続いている。

加賀さまの雪振舞。――加賀屋敷、冷てえ土だと泥土を舐め、と川柳点にもあるくらいで、盛夏の候、江戸の行事のひとつ。

嘉永版の『東都遊覧年中行事』