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いずこへ

風と光と二十の私と・いずこへ 他十六篇

坂口 安吾

坂口安吾『風と光と二十の私と・いずこへ 他十六篇』。同一底本的分册已合并为一书。收入:いずこへ、青い絨毯、石の思い、オモチャ箱、篠笹の陰の顔、天才になりそこなった男の話、二十七歳、母、魔の退屈、私は海をだきしめていたい、流浪の追憶。

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 119,879 字 · 242 页

青空文庫

淫楽は悲しい。否、淫楽自体が悲しいのではなく、我々の知識が悲しい。

私は先ほどスタンダールのメチルドのことにふれたが、あれはどうも、ひどい誇張で、本心であるとは思われない。私にとって、矢田津世子はもはや特別な女ではなく、私は今に、もっとバカげた、犬のような惚れ方を、どこかの女にするような予感がつきまとっている。そのくせ私は、惚れることには、ひどく退屈しているのだが。

★

英倫と一緒に遊びに来た矢田津世子は私の家へ本を忘れて行った。ヴァレリイ・ラルボオの何とかいう飜訳本であった。私はそれが、その本をとどけるために、遊びに来いという謎ではないか、と疑った。私は置き残された一冊の本のおかげで、頭のシンがしびれるぐらい、思い耽らねばならなかった。なぜなら私はその日から、恋の虫につかれたのだから。私は一冊の本の中の矢田津世子の心に話しかけた。遊びにこいというのですか。そう信じていいのですか。

然し、決断がつかないうちに、手紙がきた。本のことにはふれておらず、ただ遊びに来てくれるようにという文面であったが、私達が突然親しくなるには家庭の事情もあり、新潟鉄工所の社長であったSという家が矢田家と親戚であり、S家と私の新潟の生家は同じ町内で、親たちも親しく往来しており、私も子供の頃は屡々遊びに行ったものだった