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いずこへ

風と光と二十の私と・いずこへ 他十六篇

坂口 安吾

坂口安吾『風と光と二十の私と・いずこへ 他十六篇』。同一底本的分册已合并为一书。收入:いずこへ、青い絨毯、石の思い、オモチャ箱、篠笹の陰の顔、天才になりそこなった男の話、二十七歳、母、魔の退屈、私は海をだきしめていたい、流浪の追憶。

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 119,879 字 · 242 页

青空文庫

モグることができないタチであった。

私が旅館でふと思うのは、矢田津世子もWとこんなところへ来るのだろうな、ということだった。尤も、我々の旅館よりは高級であるに相違ない。待合であるかも知れぬ。尚それよりも怖れたのは、この旅先で、矢田津世子とWの姿を見かけないか、ということだった。私と女が見られることへの怖れではなかった。純一に、彼等の姿を見かけることの、その事実を確めさせられることの恐怖と苦痛であった。

私はそのころ、路上でふと立ちすくむことがあった。胸は唐突にしめつけられ、呼吸が一瞬とまっている。私はふりむいて一目散に逃げる衝動にかられているのだ。私は街角を怖れた。又、街角から曲って出てくる人を怖れた。私は矢田津世子の幻覚におびえていたのだ。よく見れば似つかぬ女が、見た瞬間には矢田津世子に思われ、私は屡々路上に立ちすくんでいたのであった。

別して私は温泉で、矢田津世子とWの幻覚になやまされた。こんな安宿に彼等が泊る筈はないと信じながら、廊下で見かける人影に、とつぜん胸がしめつけられ、息がつまって、立ちすくむ。隣の男女の話声の、よくきけば凡そ似つかぬ女の声が、始めてきこえた一瞬だけは矢田津世子の声にきこえてしまう。