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かぜのさむいよのなかへ

風の寒い世の中へ

小川 未明

「赤い鳥」1925(大正14)年3月

N3 · 进阶 · 新字新假名 · 3,903 字 · 8 页

青空文庫

一

一

お嬢さんの持っていましたお人形は、いい顔で、めったに、こんなによくできたお人形はないのでしたが、手もとれ、足もこわれて、それは、みるから痛ましい姿になっていました。

けれど、お嬢さんは、そのお人形に美しい着物をきせて、本箱の上にのせておきました。かわいらしい顔つきをしたお人形は、いつでもにこやかに笑っていました。そして、あちらに、かかっている柱時計を小さな黒い目でじっと見つめていたのです。

お人形には、このお嬢さんのへやのうちが、広い世界でありました。まだ、これよりほかの世の中を見たことがありません。それでお人形は、満足しなければならなかったのです。なぜなら、このへやは、住みよくて、そして、ここにさえいれば、まことに安心であったからでありました。

「どうか、いつまでもここに置いてくださればいい……。」と、お人形は、思っているようにさえ見えました。

ほんとうに、平常は、そんな不安も感じないほど、このへやの中は平和で、お嬢さんの笑い声などもして、にぎやかであったのです。

ある日のこと、お嬢さんは、本箱の中をさがして、なにかおもしろそうな書物はないかと、頭をかしげていましたが、そのうちに、気が変わって、お人形に目を向けました。