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ふうちそう

風知草

宮本 百合子

「文芸春秋」1946(昭和21)年9~11月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 44,107 字 · 88 页

青空文庫

ひろ子がそんな石のような女で、身のまわりのことにも今後一切手をかりまいと思いきめたなら、その重吉にとって、ひろ子の示す愛着は、どんな真実の意味があり得よう。二人の自然な愛情はなくて、重吉が決して惑溺することのない女の寧ろ主我刻薄な甘えと、ひろ子がそれについて自卑ばかりを感じるような欲情があるというのだろうか。

「あんまり平凡すぎる!」

ひろ子は、激しく泣きだしながら頭をふった。

「わたしは、いや! こんなの、いや! あんまり平凡だ」

それにしても、ひろ子には分らなかった。重吉が、こんなに永年の間、互に暮して来たあげく、突然、云ってみれば、今瞼から鱗が落ちた、という風にそれほど深い幻滅を発見したというのは、どういう理由があるのだろう。重吉もひろ子も、劣らず自然なままの生れつきであったから、一方で離反して、一方で繋がれてゆくというようなゆがんだ人工の夫婦暮しは出来なかった。真実重吉の幻滅がとりかえせないものならば、それはひろ子にとっても、これからの生活は成り立たないということなのであった。

ひろ子は泣きながら、泣いている自分の頭が重吉の膝の上にあること、重吉はそうして泣くひろ子を、自分から離そうとしていないことを、とりすがる一本の綱のように鋭く感じた。