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ぐるめにおくる

食魔に贈る

岡本 かの子

「中央公論」1932(昭和7)年3月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 9,619 字 · 20 页

青空文庫

オデオン座の棟がうるんだ星に対して黒く肩を聳かしている。道は小店を並べた横町を貫いてツールノンの大通りに出る。上院の正門からセーヌへ下る位置である。退屈そうな上院の正門の番人に眺められながらかすかな傾斜に地取して名料理店フォワイヨが角にある。夜目には黄と黒の横縞に感じられる四階建ての店で素手に指環だけ一つ残したような小さい入口の上に foyot の屋号と二筋三筋のイルミナシヨンの細描きがあっさり浮き出ている。

なんという肌質のこまかい室内の静さだろう。それは皮膚に触れると淡雪のように溶ける素絹のように濡れて薄く包む。

壁絨もある、椅子も食卓ももちろん在る。だがこれ等が茲では物体では無い。すべては触れられぬ調子に化し、目に見られぬ匂いに立ち登る。電燈の照明も文芸復興期の夢のままだ。給仕には足が無いのか、空を踏むような軽い動作だ。銀器も慎しんでその重量を隠している。室内はあらゆる人間の五感に負担を与えるものを無何有の彼方にほろぼし去ってただ味覚へばかりの集中へ誘う――聖なる食魔達の登壇。鏡のような皿のスープにうら恥かしきわが相貌を可憐なるこの餓鬼達が写す時給仕は、柘榴程の大きさの割切りにした牛の骨を運んで来た。