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つるはやみき

鶴は病みき

岡本 かの子

「文学界」1936(昭和11)年6月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 26,495 字 · 53 页

青空文庫

だが、人が或る勝景を旅する、その当時は難路のけわしさに旅愁ばかりが身にこたえるが、日を経ればその旅愁は却ってその勝景への追憶を深からしめる陰影となる。これが或る一時期に麻川荘之介氏という優れた文学者に葉子が真実接触した追憶の例証とも云えよう。

「私ずっと前から、お逢いし度かったのです。」

五年の歳月が、葉子を率直にはっきりしたものの云える女にして居た。

「僕も。」

氏の声はまた何という心の傷手から滲み出した切実な声になったことだろう。

「鎌倉時代に、私はもっと素直な気持で、あなたにおつき合いすれば好かったと思ってました。」

「僕も。」

「ゆっくりお打ち合せして、近いうちにお目にかかりましょうね。」

「是非そうして下さい。旅からお帰りなったら、お宅へいつ頃伺って好いか、お知らせ下さい。是非。」

それから葉子の良人坂本とも氏はさも懐しげに話して居た。話のうちに氏が時々立てる昔のままの豪快笑いが変り果てた現在の氏の異形から出て来るのが一種妖怪的な傷ましさを葉子に感じさせた。

汽車が氏の転地先○○駅迄進んだ時、氏は誰かと一緒にシートから立ち上った。誰か直ぐ忘れて仕舞った程葉子は氏にばかり心を奪われて居た。