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おうそんせんせいげんこうろく

黄村先生言行録

太宰 治

「文学界」1943(昭和18)年1月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 13,786 字 · 27 页

青空文庫

君、古代のにおいがするじゃないか。深山の巒気が立ちのぼるようだ。ランキのランは、言うという字に糸を二つに山だ。深山の精気といってもいいだろう。おどろくべきものだ。ううむ。」やたらに唸るのである。私は恥ずかしくてたまらない。

「山椒魚がお気にいったとは意外です。どこが、そんなにいいんでしょう。もっとも、僕たちの先輩で、山椒魚の小説をお書きになった方もあるには、ありますけど。」

「そうだろう。」先生は、しさいらしく首肯して、「必ずやそれは、傑作でしょう。君たちには、まだまだ、この幽玄な、けもの、いや、魚類、いや、」ひどくあわてはじめた。顔をあからめ、髭をこすり、「これは、なんといったものかな? 水族、つまり、おっとせいの類だね、おっとせい、――」全然、だめになった。

先生には、それがひどく残念だったらしい。動物学に於ける自分の造詣の浅薄さが、いかん無く暴露せられたという事が、いかにも心外でならなかったらしく、私がそれから一つきほど経って阿佐ヶ谷の先生のお宅へ立寄ってみたら、先生は已に一ぱしの動物学者になりすましていた。何事に於いても負けたくない先生のことだから、あの水族館に於ける恥辱をすすごうとして、暮夜ひそかに動物学の書物など、ひもどいてみた様子である。