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こくしかんさつじんじけん
黒死館殺人事件
小栗 虫太郎
「新青年」博文館、1934(昭和9)年4月号~12月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 296,741 字 · 584 页
下の一つもだいたい同じ形だが、その方向だけは斜め下になっていて、創底は胸腔内に入っていた。しかし、いずれも大血管や臓器には触れていず、しかも、巧みに気道を避けているので、勿論即死を起す程度のものではないことは明らかだった。
それから、天井と鎧の綿貫とを結んでいる二条の麻紐を切り、死体を鎧から取り外しに掛ると、続いて異様なものが現われた。それまでは、不自然な部分が咽輪の垂で隠されていたので判らなかったのだが、不思議な事に、易介は鎧を横に着ているのだった。すなわち、身体を入れる左脇の引合口の方を背後にして、そこからはみ出した背中の瘤起を、幌骨の刳形の中に入れてある。そして、傷口から流れ出たドス黒い血は、小袴から鞠沓の中にまで滴り落ちていて、すでに体温は去り、硬直は下顎骨に始まっていて、優に死後二時間は経過しているものと思われた。が、死体を引き出してみると、愕然とさせたものがあった。と云うのは、全身にわたり著明な窒息徴候が現われている事で、無残な痙攣の跡が到る処にゆきわたっているばかりではなく、両眼にも、排泄物にも、流血の色にも、まざまざと一目で頷けるものが残されていた。