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こくしかんさつじんじけん

黒死館殺人事件

小栗 虫太郎

「新青年」博文館、1934(昭和9)年4月号~12月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 296,741 字 · 584 页

青空文庫

ところで、主人を失った黒死館では、一時算哲とは異母姪に当る津多子――君も知ってのとおり、現在では東京神恵病院長押鐘博士の夫人になってはいるが、かつては大正末期の新劇大女優さ――当時三歳にすぎなかったその人を主としているうちに、大正四年になると、思いがけなかった男の子が、算哲の愛妾岩間富枝に胎ったのだ。それがすなわち、現在の当主旗太郎なんだよ。そうして、無風のうちに三十何年か過ぎた去年の三月に、三度動機不明の変死事件が起った。今度は算哲博士が自殺を遂げてしまったのだ」と云って、側の書類綴りを手繰り寄せ、著名な事件ごとに当局から送ってくる、検屍調書類の中から、博士の自殺に関する記録を探し出した。

「いいかね――」

――創は左第五第六肋骨間を貫き左心室に突入せる、正規の創形を有する短剣刺傷にして、算哲は室の中央にてその束を固く握り締め、扉を足に頭を奥の帷幕に向けて、仰臥の姿勢にて横たわれり。相貌には、やや悲痛味を帯ぶと思われる痴呆状の弛緩を呈し、現場は鎧扉を閉ざせる薄明の室にして、家人は物音を聴かずと云い、事物にも取り乱されたる形跡なし、尚、上述のもの以外には外傷はなく、しかも、同人が西洋婦人人形を抱きてその室に入りてより、僅々十分足らずのうちに起れる事実なりと云う。