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こくしかんさつじんじけん

黒死館殺人事件

小栗 虫太郎

「新青年」博文館、1934(昭和9)年4月号~12月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 296,741 字 · 584 页

青空文庫

その名状し難い混乱の中で、法水のみは鉄のような落着きを見せていた。

「二時と云えば、その時鐘鳴器で経文歌が奏でられていた……。すると、それから讃詠が鳴るまでに三十分ばかりの間があるのだから、前後の聯関には配列的に隙がない。事によると鐘楼へ行ったら、たぶん易介の死因について、何か判ってくるかもしれないよ」と独白じみた調子で呟いてから、「ところで、易介には甲冑の知識があるだろうか」

「ハイ、手入れは全部この男がやっておりまして、時折具足の知識を自慢げに振り廻すことがございますので」

庄十郎を去らせると、検事はそれを待っていたように云った。

「ちと奇抜な想像かもしれないがね。易介は自殺で、この創は犯人が後で附けたのではないだろうか」

「そうなるかねえ」と法水は呆れ顔で、「すると、事によったら吊具足は、一人で着られるかもしれないが、だいたい兜の忍緒を締めたのは誰だね。その証拠には、他のものと比較して見給え。全部正式な結法で、三乳から五乳までの表裏二様――つまり六とおりの古式によっている。ところが、この鍬形五枚立の兜のみは、甲冑に通暁している易介とは思われぬほど作法はずれなんだ。