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こくしかんさつじんじけん
黒死館殺人事件
小栗 虫太郎
「新青年」博文館、1934(昭和9)年4月号~12月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 296,741 字 · 584 页
あの緊密な包囲形をどう潜り抜けたものか、また伸子が犯人で、法水の機智から発した包囲を悟り、絶体絶命の措置に出たものであろうか……。いずれにしろここで、皮肉な倍音演奏をした悪魔を決定しなければならなかった。
「これは意外だ。失神じゃないか」伸子の全身をスラスラ事務的に調べ終ると、法水は熊城の靴をジロリと見て、「微かだが心動が聞えるし、呼吸も浅いながら続けている。それに、このとおり瞳孔反応もしっかりしてるぜ」
そう法水に宣告されてしまうと、つい今しがた此奴とばかりに肩口を踏み躙った熊城でさえ、そろそろ自分の軽挙が悔まれてきた。と云うのは、勿論鎧通しを握って、此の人を見よ――とばかりにのけ反りかえっている、紙谷伸子の姿体だったのである。それまでは、幽鬼の不敵な暗躍につれて、おどろと跳ね狂う、無数の波頭を見るのみであって、事件の表面には人影一つ差してこなかった。そこへ、一条の泡がスウッと立ち上っていったのだが、それが水面で砕けたと思えば、突忽として現われたのは何あろう、現在眼のあたり見る鬼蓮なのである。それであるからして、熊城でさえも一時の亢奮が冷めるにつれて、いろいろと疑心暗鬼的な警戒を始めたのも無理ではなかった。