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こくしかんさつじんじけん

黒死館殺人事件

小栗 虫太郎

「新青年」博文館、1934(昭和9)年4月号~12月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 296,741 字 · 584 页

青空文庫

「遂々、事件の波動がこの図書室にも及んできましたよ。最近この潜り戸を通った人物を御記憶でしょうか」

「マア、そんな事ですか。では、この一週間ほどのあいだダンネベルグ様ばかりと申し上げたら」と鎮子の答弁は、この場合詐弁としか思われなかったほどに意外なものだった。「あの方は何かお知りになりたいものがあったと見えて、この未整理庫の中を頻りと捜してお出でのようでございましたが」

「昨夜はどうなんです?」と熊城は、たまりかねたような声で云った。

「それが、生憎とダンネベルグ様のお附添で、図書室に鍵を下すのを迂闊してしまいました」と無雑作に答えて、それから鎮子は、法水に皮肉な微笑を送った。「つきましては貴方に、賢者の石をお贈りしたいと思うのですが、クニッパーの『生理的筆蹟学』ではいかがでございましょう?」

「いや、かえって欲しいのはマーローの『ファウスト博士の悲史』なんですよ」と法水が挙げたその一冊の名は、呪文の本質を知らない相手の冷笑を弾き返すに十分だったが、なおそれ以外に、ロスコフの「Volksbuchの研究」(ファウスト伝説の原本と称されている)、バルトの「ヒステリー性睡眠状態に就いて」