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こくしかんさつじんじけん

黒死館殺人事件

小栗 虫太郎

「新青年」博文館、1934(昭和9)年4月号~12月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 296,741 字 · 584 页

青空文庫

法水は衣袋から巻尺を取り出して、一々印像に当て靴跡の計測を始めた。套靴の方は、歩幅にはやや小刻みというのみの事で、これぞと云う特徴はなく、きわめて整然としている。が、印像には不審なものが現われていた。すなわち、爪先と踵と、両端だけがグッと窪んでいて、しかも内側へ偏曲した内翻の形を示しているが、さらに異様な事には、その両端のものが、中央へ行くに従い浅くなっているのだった。また、護謨製の長靴らしく思われる方は、形状の大きさに比例すると歩幅が狭く、さらにいちじるしく不揃いであるばかりでなく、後踵部には重心があったと見え、特に力の加わった跡が残っていた。のみならず、印像全体の横幅も、わずかながら一つ一つ異なっていたのである。その上、爪先の部分を中央部に比較すると、均衡上幾分小さいように思われて、それがやや不自然な観を与える。また、その部分の印像が特に不鮮明で、形状の差異も、その辺が最もはなはだしかった。そして、往路の歩線は建物に沿うているが、復路には造園倉庫まで直線に行こうとしたものらしく、七、八歩進んで焼け残りの枯芝の手前まで来ると、幅三尺ほどにすぎない帯状のそれを、跨ぎ越えた形跡を残している。