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こくしかんさつじんじけん

黒死館殺人事件

小栗 虫太郎

「新青年」博文館、1934(昭和9)年4月号~12月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 296,741 字 · 584 页

青空文庫

押鐘津多子――その名は事件の圏内に全然なかっただけに、この場合青天の霹靂に等しかったであろう。法水の神経運動が微妙な放出を続けて、上りつめた絶頂がこれだったのか。しかし、検事も熊城も痺れたような顔になっていて、容易に言葉も出なかった。と云うのは、これがはたして法水の神技であるにしても、とうていそのままを真実として鵜呑みに出来なかったほど、むしろ怖れに近い仮説だったからである。真斎は手働四輪車を倒れんばかりに揺って、激しく哄笑を始めた。

「ハハハハハ法水さん、下らん妖言浮説は止めにしてもらいましょう。貴方が云われる津多子夫人は、昨朝早々にこの館を去ったのですじゃ。だいたい、どこに隠れていると云われるのです。人間業で入れる個処なら、今までに残らず捜し尽されておりましょう。もし、どこかに潜んで居るのでしたら、儂から進んで犯人として引き出して見せますわい」

「どうして、犯人どころか……」法水は冷笑を湛えて云い返した。「その代り鉛筆と解剖刀が必要なんですよ。そりゃ僕も、一度は津多子夫人を、風精の自画像として眺めたことはありましたがね。ところが田郷さん、これがまた、悲痛きわまる傍説なんですよ。