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こくしかんさつじんじけん
黒死館殺人事件
小栗 虫太郎
「新青年」博文館、1934(昭和9)年4月号~12月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 296,741 字 · 584 页
何故なら、当夜八時二十分に、真斎が古代時計室の文字盤を廻して、鉄扉を鎖したからである。
十二、当夜零時半クリヴォフ夫人の室に闖入したと云われる人物は?
ここに易介の目撃談――宵に張出縁へ出現して、あのいかにも妖怪めいた不可視的人物が、夜半クリヴォフ夫人の室にも姿を現わしたのだった。夫人の言によれば、それはまさしく男性であって、しかもあらゆる特徴が、身長こそ異にすれ旗太郎を指摘している。しかりとすれば、伸子が覚醒の瞬間に認めた自署に、降矢木という姓を冠せている。それを、グッテンベルガー事件に先例のある潜在意識と解釈すれば、伸子を倒したとする風精の正体には、最も旗太郎の姿が濃厚である。そして、その推定が、伸子の露出的な失神姿体と撞着するところに、この事件最大の難点が潜んでいるのではあるまいか。
十三、動機に関する考察
すべてが、遺産を繞る事情に尽きている。第一の要点は、四人の異国人の帰化入籍によって、旗太郎の白紙的相続が不可能になった事である。次に、旗太郎以外ただ一人の血縁が、すなわち押鐘津多子を除外している点に注目すべきであろう。したがって、旗太郎対三人の外人の間には、すでに回復し難い程度の疎隔を生じているけれども、何よりこの一つの大きな矛盾だけは、どうすることも出来ない。