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こくしかんさつじんじけん
黒死館殺人事件
小栗 虫太郎
「新青年」博文館、1934(昭和9)年4月号~12月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 296,741 字 · 584 页
と、今度は不気味な廃寺のようにも思われてくるのだった。勿論それ等のどの一つも、臆測が生んだ幻視にすぎないのであろうが、その中にただ一つだけ、今にも秘密の調和を破るものがありそうな、妙に不安定な空気のあることだけは確かだった。その悪疫のような空気は、明治三十五年に第二の変死事件が起った折から萌しはじめたもので、それが、十月ほど前に算哲博士が奇怪な自殺を遂げてからというものは――後継者旗太郎が十七の年少なのと、また一つには支柱を失ったという観念も手伝ったのであろう――いっそう大きな亀裂になったかのように思われてきた。そして、もし人間の心の中に悪魔が住んでいるものだとしたら、その亀裂の中から、残った人達を犯罪の底に引き摺り込んででもゆきそうな――思いもつかぬ自壊作用が起りそうな怖れを、世の人達はしだいに濃く感じはじめてきた。けれども、予測に反して、降矢木一族の表面には沼気ほどの泡一つ立たなかったのだが、恐らくそれと云うのも、その瘴気のような空気が、未だ飽和点に達しなかったからであろうか。否、その時すでに水底では、静穏な水面とは反対に、暗黒の地下流に注ぐ大きな瀑布が始まっていたのだ。