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こくしかんさつじんじけん

黒死館殺人事件

小栗 虫太郎

「新青年」博文館、1934(昭和9)年4月号~12月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 296,741 字 · 584 页

青空文庫

一見して、この室が永年の間使われていないことが判った。やがて、法水は帷幕を掻き分けて内部を覗き込んだが、その瞬間あらゆる表情が静止してしまって、これも背後から、反射的に彼の肩を掴んだ検事の手があったのも知らず、またそれから波打つような顫動が伝わってくるのも感ぜずに、ひたすら耳が鳴り顔が火のように熾って、彼の眼前にある驚くべきもの以外の世界が、すうっとどこかへ飛び去って行くかのように思われた。

見よ! そこに横たわっているダンネベルグ夫人の死体からは、聖らかな栄光が燦然と放たれているのだ。ちょうど光の霧に包まれたように、表面から一寸ばかりの空間に、澄んだ青白い光が流れ、それが全身をしっくりと包んで、陰闇の中から朦朧と浮き出させている。その光には、冷たい清冽な敬虔な気品があって、また、それに暈とした乳白色の濁りがあるところは、奥底知れない神性の啓示でもあろうか。醜い死面の陰影は、それがために端正な相に軟げられ、実に何とも云えない静穏なムードが、全身を覆うているのだ。その夢幻的な、荘厳なものの中からは、天使の吹く喇叭の音が聴えてくるかもしれない。今にも、聖鐘の殷々たる響が轟きはじめ、その神々しい光が、今度は金線と化して放射されるのではないかと思われてくると、――ああ、ダンネベルグ夫人はその童貞を讃えられ、最後