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こくしかんさつじんじけん
黒死館殺人事件
小栗 虫太郎
「新青年」博文館、1934(昭和9)年4月号~12月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 296,741 字 · 584 页
その時、前方の室のどこかで物音がしました。それで、伸子は本を掴んだまま後方を振り向いて、背後にある書棚の硝子扉を見たのです。その時彼女の眼に、寝室から出て来たある人物の姿が映ったのでした。ですから、その吃驚した機みに、隣り合った『予言の薫烟』を動かしたのですから、あの千頁にあまる重い木表紙本が、伸子の右肩に落ちたのです。そして、その咄嗟に起った激しい反射運動が因で、右手に持った『聖ウルスラ記』を、頭上越しに左手の花瓶に投げつけたという訳なのですよ。ねえレヴェズさん、そうなると、その『予言の薫烟』によって、一つの心的検証を行うことが出来るのです。すなわち、その時寝室に潜んでいた人物に、一つの虚数をつけることが出来るのです。虚数――しかし、リーマンはそれによって、空間の特質を、単なる三重に拡がった大きさから救っているじゃありませんか。いや、僕は率直に云いましょう。その時寝室から出た貴方は、物音を聴いて伸子の側に行き、落ちていた『予言の薫烟』を旧の位置に押し込んでやりました。そして、室から去ってゆくところをダンネベルグ夫人に認められたので、それが、算哲の死後秘密の関係にあった夫人を激怒させたのでした。