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こくしかんさつじんじけん

黒死館殺人事件

小栗 虫太郎

「新青年」博文館、1934(昭和9)年4月号~12月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 296,741 字 · 584 页

青空文庫

が、それ等の光景の中で、最も強く胸を打ってくるのは、その殺人事件に適わしからぬ対照であった。槍尖の根元には、滲み出ている脂肪が金色に輝いていて、それと宮廷楽師の朱色の上衣とが、この惨状全体をきわめて華やかに見せていたのである。

法水は仔細に兇器の柄を調査したが、それには指紋の跡はなかった。そして、柄の根元にはモントフェラット家の紋章が鋳刻されていて、引き抜くとはたしてそれが、二叉に先が分れている火焔形の槍尖だった。しかし、兇行の際に現われた自然の悪戯は、最も肝腎な部分を覆うてしまった。と云うのは壇上からその位置までの間に、いっこう血滴が発見されないことだった。云うまでもなく、その原因と云うのは、刃がすぐ引き抜かれなかったという点にあって、勿論それがために、瞬間の迸血が乏しかったからである。しかし、それによって、なにより犯行を再現するに欠いてはならない、連鎖が絶たれてしまった。つまり、クリヴォフ夫人が壇上のどの点で刺され、そうしてまた、どういう経路を経て墜落した――かという二つの絡りを、もはや知り得べくもないのだった。法水は検屍を終えると、聴衆を室外に出してしまってから、階段を上って行った。