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こくしかんさつじんじけん
黒死館殺人事件
小栗 虫太郎
「新青年」博文館、1934(昭和9)年4月号~12月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 296,741 字 · 584 页
「法水さん、その障壁と云うのが、今まで僕等には、心理的に築かれておりましてね。現に津多子さんが、最前列の端にいられたのを御存じでしょう。ところが、その障壁を、いまここにいられる方々が打ち壊してくれたのでした」
「私は、装飾灯が消えるとすぐに、竪琴の方から人の近づいて来る気配を感じました」とそう云いながら、たぶん評論家の鹿常充と思われる――その額の抜け上った四十男は、左右を振り向いて周囲の同意を求めた。そして続けた。「サア、それは気動とでも云うのでしょうかな。それより、絹が摺れ合うと唸りが起りますから、たぶんそれではないかとも思うのです。しかしいずれにしても、その音はしだいに拡がりを増してまいりました。そして、それがパッタリ杜絶えたかと思うと、同時に壇上で、あの悲痛な呻き声が発せられたのです」
「なるほど貴方の筆鋒には、充分毒殺効果はあるでしょう」と法水は、むしろ皮肉な微笑を洩らして頷いた。「ですが、こういうハックスレイを御存じですか。――証拠以上に出た断定は、誤謬と云うだけでは済まされない、むしろ犯罪である――と。ハハハハハ、どうせ音楽の神の絃の音までも聴けるのでしたら、そんな風に、鶏の声でイビュコスの死を告げると云うのはどうですかな。