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こくしかんさつじんじけん
黒死館殺人事件
小栗 虫太郎
「新青年」博文館、1934(昭和9)年4月号~12月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 296,741 字 · 584 页
したがって、はたしてそれが階段から下りて来たものか、それとも、奥の坑道から辿り来ったものか、勿論その識別は不可能なのであった。その時、周囲を照らしていた熊城がアッと叫んだ。見ると、右手の上方に、凄愴な生え際を見せた魔王バリ(印度ヴイシユヌ化身伝説に現われる悪魔の名)の木彫面が掛っていて、その左眼の瞳が、五分ばかり棒のような形で突き出ている。それを押すと、反対に右の方が持ち上ってきて、上から差し込む光線が狭められていった――積石が旧の位置に戻ったからである。それから法水は、そのスリッパの跡と歩幅の間隔とを計ってから、前方に切り開かれている短冊形の闇の中へ入って行った。実にそれからが、往昔羅馬皇帝トラヤヌスの時代に、執政官プリニウスが二人の女執事を使って、カリストゥス地下聖廊を探らせた際の、光景を髣髴とするものであった。
坑道の天井からは、永年の埃の堆積が鍾乳石のような形で垂れ下っていて、呼吸をするごとに細塵が飛散してきて、咽喉が擽られるように咽っぽかった。それでなくても、空気が新鮮でないために、妙に息苦しく、もしこの際松火を使ったとしたら、それは、輝かずに燻ぶり消えるだろうと思われた。