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こくしかんさつじんじけん

黒死館殺人事件

小栗 虫太郎

「新青年」博文館、1934(昭和9)年4月号~12月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 296,741 字 · 584 页

青空文庫

ただ、夫人のある機能が過度に発達しているので、時偶そういう特性が、有機的な刺戟に遇うと、感覚の上に技巧的な抽象が作られてしまう。つまり、漠然と分離散在しているものを、一つの現実として把握してしまうのだ。それに支倉君、フロイドは幻覚というものに、抑圧されたる願望の象徴的描写――という仮説を立てている。勿論夫人の場合では、それが算哲の禁断に対する恐怖――つまり云うと、レヴェズとの冒してはならぬ恋愛関係に起源を発していたのだ。それだから、犯人が夫人の幻覚を予期し得る条件としては、当然その間の経緯を熟知していなければならない。また、ひいてはそれが一案を編み出させて、屍体蝋燭に水晶体凝視を起すような、微妙な詭計を施した。それで、夫人を軽い自己催眠に誘ったのだったよ。ところが支倉君、その潜勢状態という観念が、僕に栄光を与えてくれた……」

そう鋭く言葉を截ち切って、それから黙々と考えはじめたが、そのうち幾つかの莨を換える間に、法水は一つの観念を捉え得たらしかった。彼は、旗太郎・セレナ夫人・伸子の三人を至急喚ぶように命じてから、再び礼拝堂に降りて行った。人気のないガランとした礼拝堂の内部には、いかにも佗しげな陰鬱な灰色をしたものが、いっぱいに立ち罩めていて、上方に見透しもつかぬほど拡がっている闇が、天井を異様に低く見せ