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こくしかんさつじんじけん

黒死館殺人事件

小栗 虫太郎

「新青年」博文館、1934(昭和9)年4月号~12月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 296,741 字 · 584 页

青空文庫

そのあいだ検事と熊城は、さながら酔えるがごとき感動に包まれていた。が、ややあってから、熊城はおもむろに不明な点を訊ねた。

「しかし、礼拝堂で暗中に聞えたという二つの唸りには、伸子か旗太郎か――そのいずれかを、決定するものがあるように思われるんだが」

「それは、死点と焦点の如何――つまり、音響学の単純な問題にすぎないのさ。たぶんクリヴォフ夫人の位置が、伸子がペダルで出した唸りに対して、死点。旗太郎の弓が擦れ合って起った響には、あの微かな囁きさえも、聴き取れるという焦点だったに相違ないのだ。そして、夫人が伸子の方に寄ったところを、背後から刺し貫いたのだ。ねえ支倉君、これ以上論ずる問題はないと思うが、ただただ憐憫を覚えるのは、伸子に操られて鞠沓を履かせられ、具足まで着せられた暗愚な易介なんだよ」そう云ってから法水は、最初から順序を追い、伸子の行動を語りはじめた。勿論それによって、ピロカルピンの服用も、一場の悪狡い絵狂言であることが判明した。それから、語り終えると法水は言葉を改めて、いよいよ、黒死館殺人事件の核心をなす疑義中の疑義――どんなに考えてもとうてい窺知し得べくもなかった、伸子の殺人動機に触れた。