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くろふねぜんご

黒船前後・志士と経済他十六篇

服部 之総

服部之総『黒船前後・志士と経済他十六篇』。同一底本的分册已合并为一书。收入:黒船前後、志士と経済、空罎、加波山、咸臨丸その他、汽船が太平洋を横断するまで、黒田清隆の方針、黒船来航、新撰組、せいばい、尊攘戦略史、撥陵遠征隊、福沢諭吉、武鑑譜、望郷、蓮月焼、Moods cashey。

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 121,901 字 · 247 页

青空文庫

黒田清隆の方針

黒田清隆の伝記があれば、だれか教えていただきたい。東大史料編纂所では、みつからない。北海道には手がかりがあろうかとおもって、この小文を思いたったしだいである。

北海道開拓次官となって樺太に発つのが明治三年七月二十七日(『大久保利通日記』)、井上清氏の労作『日本の軍国主義』につぎの記載がある。

「政府は七〇年二月樺太開拓使を置いた。ついで五月に黒田清隆を開拓使次官に任じ樺太政務を兼摂、七月樺太に出張して露国士官と協議させた。そのさい黒田は、係争事件はことごとく無雑作に譲歩してしまい、九月帰京するや“樺太ノ経略、断然之ヲ棄テテ魯西亜ニ附シ、力ヲ無用之地ニ労セズ、之ヲ上策トス。タトヒ一歩ヲ譲ルト雖モ経略ヲ画定ス、之ヲ中策トス。雑居ノ旧ニ依リ機ヲ待テ断然之ヲ棄ルヲ下策トス”と建議した。おどろくばかりの屈服である。岡本や丸山のような攘夷家が、かかる長官をいただけば憤然辞退するのは当然だ(森谷秀亮氏『明治時代』)」(第二巻、三四頁)。

黒田が八月久春古丹から大久保利通に出した書簡は『北海道史』(第三巻)にある。九月には函泊、遠淵の首長と会ったりしているから、帰京は十月中のことだろう。