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くろべきょうこく
黒部峡谷
木暮 理太郎
「東京朝日」1919(大正8)年11月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 12,752 字 · 26 页
それが御前谷の合流するあたりから下になると両岸に高い峭壁が現われ、黒部別山に撞き当るに至って俄に険悪の度を加え、崖は高く流は急に、河床には巨岩錯峙し、水石相激して谷の中はまるで大風が吹きすさぶような水音で鳴りどよんでいる。後立山山脈を旅行する人が、どうかすると静かな野営の夢を破られて、夜半暴風雨の襲来かと驚くのはこの音である。所謂下廊下は此附近を指していうたもので、廊下という言葉は両岸に削立せる岩壁が長く続き、恰も家の廊下に似ている所から来たものであって、信州人の称呼である。越中では壁とはいうが廊下とはいわないようである。
下廊下の名称は此附近に限られていたとはいえ、実際は決してそんな短いものではない、ずっと下流の桃原に架けられた釣橋(黒部橋)のあたり迄続いている。唯鐘釣温泉附近からは段丘が発達して、道は其上を通じている為に、脚下にそんな断崖があろうとは思われないが、山裾が破れて石の綿をぼろぼろに露出した所や、段丘の発達する余地のない所では、川が間近く押寄せて目が眩むような岩壁の縁を辿っていることが分る。桃原から下流は河中に起伏する大磐石も見られなくなり、河原が開けて寄洲なども出来、最後に愛本の峡口を突破して平原に出ると、河は扇形に開いて幾多の支流を分派する。