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くろべきょうこく

黒部峡谷

木暮 理太郎

「東京朝日」1919(大正8)年11月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 12,752 字 · 26 页

青空文庫

黒部林道と峡谷遡行

湯のある所は海抜千七百米に近い。

黒部林道と峡谷遡行

黒部峡谷に道らしい道が通ずるようになったのは、明治三十七年以後のことである。けれども古くからぽつぽつ峡中に入り込む人があったらしく、黒薙温泉の発見は元和二年といい或は寛永十年といい、又は正保二年といい、孰が真であるかは判じ兼ねるが、此時既に黒薙川附近まで探られたものであることは疑を容れない。下って文化文政の頃から天保年間にかけて、江戸や富山などに於ける再三の大火から、黒部森林の盗伐が盛に行われたらしく、遂に前田家の山廻り役に依って森林巡視が開始された。尤も山廻り役が置かれたのは、寛文以前からで、其頃から既に山廻りが実行されていたようである。勿論それは主として国境山脈即ち後立山山脈を縦走したものであって、黒部川に沿うて遡ったことがあるか否かは疑問である。天保以後になると、上流では平から東沢に出で、之を遡って国境山脈に至る通路や、下流では音沢から鐘釣附近に達する路が拓けたものか、之を記入した絵図を見たことがある。鐘釣温泉の発見されたのは寛政年間で、文政二、三年の頃には浴場を開いたとのことであるから、何人か此処まで来た者があるに相違ない。