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くろべきょうこく

黒部峡谷

木暮 理太郎

「東京朝日」1919(大正8)年11月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 12,752 字 · 26 页

青空文庫

劒岳や別山にあの大雪渓が無かったならば、劒沢は如何に貧弱なものであったろう、黒岳のカールの雪が尽きないのは、東沢の水の尽きない所以である。唯後立山山脈の鹿島槍と爺岳との間から発源する棒小屋沢は、劒沢と伯仲する或は其以上の大きな沢であるが、八月頃は渓間の雪が殆ど溶け去ってしまうので、劒沢とは比較にならぬ程水量が少ない。

此等の六大支流の中で楽に河を遡れるのは東沢だけである。小黒部谷も鉱山の廃止と共に其道が荒れてしまった今日となっては、追々困難を増す許りであろう。祖母谷や黒薙川に限らず、他の多くの支流も大抵絶壁と淵と瀑布との連続であるから、それを上下するのは困難でもあり危険でもあるが、適当なる時季に於て熟練した案内者を同伴すれば、通過不可能ではない。唯劒沢だけは北股の流が合した所から六、七町の下流である約千六百米の地点から、直径にすれば二十町足らずの距離である本流との合流点までに六百米以上の落差がある、これは奥秩父の金峰山に、南口の御室から登るのと大体似たようなもので、あの峻急な登りを考えたならば、劒沢の下流が如何に険悪であり、大きな瀑があるであろうことは想像するに難くないと思う。