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くろべきょうこく
黒部峡谷
木暮 理太郎
「東京朝日」1919(大正8)年11月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 12,752 字 · 26 页
ネズコは俗に黒部杉と称する程あって、中流の区域に広く散生している。牛首山や東谷山の尾根が黒部川に臨む崖多き斜面には殊に多い。太い幹から枝や葉が枝垂れ気味に垂れ下って、離れて見ると葉は卵白色に光っている、それが懸崖の上に亭立している風情は真に美しい。
闊葉樹林は全峡の大部分を占めているが、孰かといえば発育盛りの若木が多く、橡・楢の類・山榛・桂・樺・シデ・椈・槭などは一抱以上もあるものがないでもないが、大木は割合に少ない方であろう。椈は千米から千二、三百米の地点、例せば奥平とか苅安峠の椈坂というような傾斜の緩い腐殖土に富んだ所では、立派な純林を成しているのを見た。槭は種類に富んでいるか如何かは知らないが、木は非常に多い所から推して、峡谷の秋の色はさぞや見事なものであろうと思う。
温泉は峡谷の諸所に湧き出している。黒薙・二見・鐘釣・新鐘釣・祖母谷・餓鬼谷・アゾ原・仙人谷・東谷などが其主なるものである。これらの中で旅舎の設備があるのは黒薙と鐘釣及新鐘釣の三だけである、それも冬は留守居が住んでいるに止まり、鐘釣の如きは雪の為に曾て二階家を押潰されてから、毎年十一月には家を畳んで里に下り、四月下旬に上って来て家を組み建てることにしている。